3日 ドライブ(マリアとマリヤ)

 

Novel

 白い車が夜道を走る。ガラス越しに流れていく景色はいつも歩いている道とはまた、別のもののように思えて未だに慣れない。それは由乃が普段から電車を利用していることもあるが、彼をそわそわさせる最たる原因は——隣でハンドルを握っている四暁の存在だった。
 車線変更でも慌てる様子はなく、会話に応じる程の余裕もある。明らかに慣れている。それにシートの座り心地の良さから察するに、かなり良い車なのではなかろうか。
 高校の養護教諭は副業で、研究職が本業だと宣うような男だ。免許を所持しているだけならば、さほど驚きはしなかっただろう。問題は車とは無縁の由乃でも理解出来るほどの技量とこだわりを持っている事実だった。
 ——それにしても今日はやけに静かだな。いつもラジオも音楽も流れない車内だが、寂しいくらいに音がない。バックミラー越しに映るマリヤが眠っているからだろうか。それなりに打ち解けた仲だと自負している由乃だが、運転手を放ってスマホを見たり本を読むのは気が引ける。マリヤが起きていれば怒るだろうが、四暁は気にも留めないだろう。容易に想像がつく。
「今更ですけど、四暁先生が免許持ってるのは意外でした」
 気づけばほとんど無意識に問いかけていた。そもそも四暁睦彦という男は、高校生である由乃に己の財布を渡そうとするような、金銭に頓着しない上にすべてを金で解決しようとする男だ。そんな彼のことだからずっとタクシーを利用していたり、専属の運転手なんてものを雇っているのだと思っていた。それに彼が律儀に教習所に通うところも想像が出来ない。一体いつ、どうして取得したのか。一度口にしてしまえば、気になって仕方なかった。
 そんな由乃の考えを察したのか—または以前にも尋ねられたことがあるのか—四暁は顔色ひとつ変えずにこう答えた。
「酔うんだよ。他人が運転してる車だと」