17日 切望の日常(Farbuer)

 

Novel

「せっセイヴィア! たすけて!」
 ノイレの悲鳴と腰への衝撃に何事かと身構えるセイヴィア。先ほどまで廊下で共に話していたアルバートも、ノイレの勢いに目を丸くしていた。
 しかしそんなことはノイレの視界には入っていないのだろう。未だ混乱している彼女は大きな瞳を潤ませながら、しどろもどろに話し始めた。
「その、大きい虫が……枕元に……」
「それならオレが逃してくるよ」
 ほっと息を吐いた後、アルバートが一人部屋へ向かう。アルバートもセイヴィアも森での暮らしが長かったため、たかが虫ごときで動じることはない。それにここは街中にある宿だ。毒などを持つ、危険性の高い虫の可能性は限りなく低いだろう。
 それでもノイレは申し訳なさそうに項垂れていた。彼女はある意味—ブラックジョークにもならない最悪の表現だが—都会暮らしのため、虫に慣れていなくとも仕方の無いことだ。セイヴィアは慣れた仕草でノイレの頭を撫でた。
「うう……ごめんねセイヴィア……アルバートも……」
「気にすることじゃないさ。俺もアルバートも頼られるのは嫌いじゃないし」
「迷惑じゃない?」
「もちろん」
 セイヴィアは根っからの兄だった。そんな彼にとってはアルバートも弟のような存在であったが、アルバートはアルバートで意外にも人の面倒を見るのが得意なのだ。育ての親はカーティスだが、彼もまたアルバートに頼っていた……否、縋っていたように思える。それはセイヴィアや弟のアイトも同じだった。
 話題を変える間もなく、アルバートが廊下へと戻ってくる。ノイレの前だからだろう、虫に触れた手を律儀に拭いていた。
「確かにこっちじゃあんま見ないサイズだったな」
「あっありがとうね、アルバート」
「どういたしまして」
 なんてことのない会話。
 それでも無邪気に笑い合う二人の姿が、セイヴィアにはとても眩しかった。