15日 笑顔(マリアとマリヤ)

 

Novel

 先輩はいつも笑っている。眉の位置から口角まで一ミリのズレもないような完璧な笑顔で。 窓辺で夕陽を浴びるマリアを見つめ、由乃は目を細めた。
「先輩の表情筋ってどうなってるんだろ……」
 由乃の口から思わず言葉が漏れてしまう。彼の突拍子もない呟きを耳にしたマリアはクスクスと笑う。またあの笑顔だ。
「そういう由乃くんはちょっと硬いよね」
 由乃は思わず己の頬に触れた。当然だが筋肉は使われなければ衰える。それは表情も変わらない。去年の春ごろの、荒んだ自身の姿を思い出した由乃は堪らず苦い顔をした。
「先輩のおかげで少しはマシになったと思うんですけどね……」
「私だけじゃないと思うよ」
 あの子と出会ってから楽しそうだもの。先輩の言葉を聞いた由乃の頭には、マリヤの笑顔が浮かんでいた。マリアと瓜二つなマリヤ。慌ただしく表情を一転二転とさせる彼女もまた、マリアとは別の意味で表情が鍛えられていそうだ。そしてそんな彼女に振り回される自分自身も変わりつつあるのかもしれない。
「たしかにマリヤのおかげで鍛えられたかもしれません」
「それに四暁先生だって変わった気がする。普段は他人に気を許すような人じゃないのに」
 いつも無表情な—たまに顔をしかめる—四暁の変化は由乃にはわからなかったが、自分以上に付き合いの長いマリアが言うのであればそうなのだろう。それでも実感は湧かないけれど。
「由乃くんといっしょにいたら、私も変われるかな」
 彼女は変わらない笑顔でそう呟いた。